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いつか終わるブログ

【いつか終わるなら、今日は少しゆっくりしよう】1992世代の半分ニートみたいな個人事業主。映画と英語と新しいものが好きです。彼女はタイ人。

「日本に住む外国人」の恋人であると言う事。僕が経験から学んだ3つの基本的な心得。

東京の街を10分でも歩けば、外国人の姿を必ず一回は見かける。

白人、黒人、アジア人。さらに細かく分類していけば書き記すには多すぎるだろう。

とにかく、体感的に言っても10年ほど前やそれ以前と比べれば明らかに外国人の在住者や旅行者が増えていると思う。

それもそのはずで、観光庁の調査によれば2003年に記録された521万人という訪日外国人の数字は、その12年後である2015年には1974万人という4倍近い数字にまで膨れ上がっている。

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さらに、観光では無く日本に生活基盤を持つ在日外国人の数は約200万人(2003年は180万人)ということなので、そりゃ外国人に出くわす機会が増えるのは当然だ。

道を訊かれたり、または自分から率先して外国人とコミュニケーションを取った事のある読者も多いだろう。特にシーシャカフェや外国人の多く集まる場所に行く人ならば、その機会は無数だ。

japaneseguy.hatenablog.com

2020年の東京オリンピックが直接の原因だとは思わないが、今後日本を訪れる外国人は増え続けていく可能性が高い。

異文化に触れる機会はさらに増えるし、それに対応して日本人の国際性の向上が求められるのはどうしようもなく明白だ。

 

インターネットが原因か、はたまた神様のイタズラに起因するのかは定かではないが、世界は図らずもより明確な輪郭を持ち始めていると思う。

海外に全く興味のない人であってもSNSを使っていれば友人の発信などを通して必ず海外の情報を受け取る事になる。

逆に言えば、知ろうと思えば世界の裏側に住んでる知らないオッサンの生活をFacebookなどからいくらでも知ることが出来る。

知ることによって形を持つのが世界ならば、僕らの世界はこれからも膨らみ続けていくだろう。

 

さて、今回はそんな日々新しく変わっていく世界で、あなたが出会った理想の人が外国人であった場合に知っておきたい事を僕の経験から書いて行きます。

 

japaneseguy.hatenablog.com

 

恋人は外国人

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恋人とかそれ以前に、誰しも生まれた国と慣れ親しんだ文化がある事を思い出そう

まず初めに、外国人という言葉がメチャクチャ大雑把だという事を知っておきたい。

日本人以外は外国人。

言葉の上ではそれで問題ないのだが、実際に顔と顔を見合わせたコミュニケーションにおいてはそんな簡単な話ではない。

誰だって生まれた国と文化がある。だから、十羽一絡げに外国人という括りにしてしまい自分の中にあるステレオタイプな外国人像に当てはめるのは、差別的というか単純に頭が悪い。

たとえば中国人の団体旅行客を見ただけで眉をしかめたり、迷惑に思ってしまう人はメディアの影響を悪い形で受けすぎていると思う。

もちろんマナーの悪い団体がいる事は確かだが、それは中国人に限った事ではないし、当然マナーのいい中国人も多い。

反対のケースで言えば「アメリカ人だから」という色々な物に影響された短絡的な理由で無条件に憧れ交じりの好意を持つのも良い事とは言えないだろう。

とにかく、どんなケースでも肝心なのは自分の目で見て、自分の頭で目の前の相手について考える事だ。

単純な事だが、ステレオタイプに惑わされないという事は意外と難しいのでどんな時でも自分の思考を疑うべきだと思う。

クール・ジャパン」の押し売りは有難迷惑

最近、日本の事が好きな外国人にスポットを当てた番組や、日本の文化や技術を外国人に紹介したりする番組が増えている。

確かに日本の文化や技術は素晴らしいし、日本の事を良く思ってくれている外国人の存在はありがたいし観ていて面白いが、時より日本賛美の色が強すぎる構成、編集の番組があるのもまた事実だ。

自分の国が褒められるのは誇らしい事だと思う。

でもその誇らしさを自分に適応して「日本はこうなのに外国はこう」だとか「これだからは外人は!」という勝手な失望や憤りを覚えるのは果たして誇れることであろうか。

ハッキリ言って僕は日本に住んでいるけど日本の最先端技術の発展にはクソ程も貢献していないし、生ものが苦手で寿司も食えない非文化人だ。

論理的に考えて外国人に日本を語る資格も、日本の技術や文化を外国人に自慢する資格もない。

日本国籍を持っているからと言って「自分も優秀な日本人!」という痛い勘違いはするべきではないだろう。

自分の能力こそ、自分が誇るべきものだと思うし、自分を日本人というレッテルで括ってしまうと色々な物が歪んで見えてしまうのではないかと思う。

自分の国が誇らしいというのは正常な事だか、自分はあくまでも個人であるから、短絡的に外国人へ日本流の考え方やルール、マナーなどを押し付けるのはよそう。日本のイイコトは必ずしも世界のイイコトであるとは限らない。

恋人など近しい関係の人には「日本では~」などと説教がましくマナーやルールについて口を出してしまいがちだとは思うが、言われてる方としては「お前は日本代表か?」と突っ込みたい気持ちでいっぱいだと思う。

文化の違いを理解するのは重要だが、文化の違いを意識しすぎるのは問題だ。

日本人としての自分、外国人としての恋人の事は一先ず忘れて、1人のただの人間として澱みのない目で相手を見つめる事が大切だ。

日本が好きな外国人であっても日本に住む事は大変だ

日本に住んでいる外国人は、日本の事が好きな外国人である可能性が必然的に高い。

そんな彼らにとっても日本での暮らしは楽しい事ばかりではない。

もし自分が 慣れ親しんだ日本の土地を離れ、外国語が飛び交う海外に住む。そんな想像をすれば(もしくは海外経験を思い出せば)分かると思う。

自分の好きな物に囲まれた生活であっても、異国であれば色々な物の勝手が違ってストレスが溜まるものだ。

あなたが在日外国人の恋人であれば、そういったストレスや困難に直面する彼、彼女を支える必要があるだろう。

日本人は「努力が足りない」「怠けている」という言葉で、問題を個人に根差したものだと決めつける事が多いと思う。

そういった指摘を「異国の地で奮闘する恋人」に言い放ってしまうとどうなるか。

味方のはずの恋人からそんな冷たすぎる事を言われればひどく傷つくのは明白だ。

もちろん、自分の努力によって解決する問題がある事は事実だが、身も蓋も思慮も無く「もっとがんばれ」と言ってしまうのはご法度だ。

日本の労働環境、学習環境は精神的にキツく閉鎖的な場合が多く、日本人の中にはそれを当たり前と黙認し、それに反発する人を「怠け者や社会不適合者」として見下す人たちもいるだろう。

そういった日本的な自己犠牲と自己憐憫の文化は正常とは言い難い。

外国人の恋人をサポートするためには、日本人の考え方を客観的に良く理解し、それを説明してあげられる能力が求められる。

 自分が個人であるという事を意識する事が重要

 日本という国に生まれ、日本の文化の中で育った僕ら。

しかし、だからといって僕たちが土に還る土地が日本でなくてはならない訳でも、自分を日本人として強く意識して生きていかなければならない訳でもない。

世界は広いし、宇宙から見れば国境なんて無い。

善悪の価値観は人間が作り上げたものだし、正しい事は立場によって変わってくる。

 

そんな環境に生きる僕らには「考える力」がある。

その力の存在を忘れずに、常に頭を使って、人の言いなりになったり、権威に騙されたりしない事が大切だ。

大切なあなたの恋人(外国人に限らず)を守り、そしてあなたの人生を意味あるものにするには受け入れる力、考える力を身に着ける必要があるのではないかと思う。

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