本当はいつでもブチギレるチャンスを窺っている日本人~満員電車編~
いい人自慢をするわけでは無いが、僕は人生の中で一度もブチギレた経験がない。
はたして、それが良い事か悪い事なのかはわからないが、今後も「感情任せの罵詈雑言」は誰に対しても向けたいとは思わない。
もちろん、怒りとは人間の感情の大事な一部分だし、モチベーションや行動力にも大きく関わってくるものだ。
ただ、それをコントロールするのが現代人じゃないだろうか。
理不尽や不満は、そのまま吐き出すのではなく別の形で燃料にした方が圧倒的に効率がいい。悔しい気持ちは人を前進させるからだ。
しかし、残念な事にこの高い教育水準を持つ日本でも、そういった怒りや不の感情上手く処理できない人が多いのが現実だと思う。
日本人は優しい。そういう事を度々聞くが、果たしてそれは事実だろうか?
仮に日本人が優しいのだとしたら、なぜ、日本人はこんなにもヤバイのだろう。
今回は僕が日常で感じた日本人への違和感を、あくまでも日本人の目線から話してみたいと思う。
満員電車ではずっと前からラグビーブームだぜ!
ラグビー日本代表の活躍によりちょっとしたラグビーフィーバーが起こった事はまだ記憶に新しい。
五郎丸ポーズなんかも流行って、CMでもバラエティー番組でもラグビー選手たちの姿を見かける機会が増えたと思う。
そんなラグビーブームだけど、実は最近に始まったことじゃない。
大分昔から流行ってるし、君も知らないうちにプレーヤーの一人としてカウントされていたかも知れない。
そう、満員電車ならね。
常勝フォワード集団「サラリーマン」
満員電車に最も多く現れる選手タイプが「サラリーマン」だ。
特筆するべきはその攻撃的なプレースタイルだ。
まず、当たりが強い。
駆け込み乗車時の勢いを殺さずにタックルしながら車内奥へと侵入する突破力には凄まじいものがある。
また狭いスペースでもつり革を見つけると物凄い馬力で奪いに行くなど、高い攻撃意識には恐れ入る。
「まってました」と言わんばかりにフルパワーでのタックルを繰り返しながら下車する光景はまさに圧巻。満員電車のキングにふさわしいと言えるだろう。
リーチ・マイケル選手の様なフランカーのポジション適性の高い選手が多く見受けられる。
バックスの中核を担う「BBA」
BBA最大の特徴、それは高い総合能力だ。
経験の多い選手が多く、プレースタイルの幅が広い。
意外と足腰が強く、気に入った場所から中々動かない場合が多い。
空席をいち早く察知し、遠い位置からでも席奪取を狙ってくるなど、ゲーム全体を把握する能力に長けている。
また、電車に乗る時だけ都合よく割と高齢である事を目線でアピールして、他の選手を翻弄する姿などは満員電車の司令塔という印象を受ける。
最後の砦、フルバックは激戦ポジション
一度は見たことがあるだろう、ドア横ポジションを命に代えても死守しようとしている者たちを。
どれだけ乗降者数の多い駅であろうが、動かざる事山のごとし。まさに鉄壁の防御である。
あの死屍累々の満員電車に現れたオアシスの様な平和空間を守るためならいかなる駆け込み乗車も跳ね除ける筋金入りのディフェンダーだ。
その執着心はドア横ポジだけに収まらず、席が空けば積極的に争奪戦に参加する。
誰がどこで降りるかを把握する戦略家である場合も多く、攻守ともにかなりの実力を秘めている。
ドアの横に居座り続ける事の出来る図々しいその精神は、もはや器の大きさを窺わせる。満員電車のキャプテンと言っていいかも知れない。
ラグビー日本代表でいうと五郎丸選手がこのポジション(ドアの横では無く、実際のフィールで)を務めている。
環境や立場によっては「異常行動」をしてしまう日本人
道端で人にタックルをすれば、まず警察を呼ばれて逮捕されるであろう。
しかし、満員電車はその限りではないのは何故か。
それは多分、満員電車が復讐の場となっているからではないだろうか。
満員電車には様々なストレスが持ち込まれていて、もうテロと言っていいぐらいに危ないし、自分の子供が生まれた際には絶対に利用してほしくないとも思うほどだ。
会社のストレス、家庭のストレスなどが満員電車のごった煮の中でうごめく。
それはさながら匿名掲示板の様で、偶然を装ったタックルや、他の乗客への配慮をしないというネガティブな悪行が横行してしまう環境となっている。
「満員電車なんだからしょうが無いだろ!」という言い訳を笠に着て、普段のフラストレーションをお互いにぶつけ合う異常な光景は、悲しいが都市部では毎日見られる光景でもある。
また、満員電車以外でも、飲食店などで似たような事が起きる。
お客様という地位を手に入れて、奢り高ぶり本来の自分を忘れた人たちによるカスタマーハラスメントだ。
お客様は神様、というあくまでも企業向けのモットーを勘違いして、自分に適応してしまった客はとても厄介だと思う。
わずか数百円でもお金を払えばお客様という理屈は、まあ言葉の上では正しいが、忘れてはいけないのは本来客と店とは平等な関係であるという事だ。
サービスを提供し、それに対してお金を払うという平等な関係に対して「俺はお客様だ!」と怒鳴り散らすのは異常だ。
もちろん、完全に店側に落ち度がある場合には多少ムッとすることもあるだろうが、冷静に話を聴く体制を持つように心がけたい。ブチギレてしまっては返金、返品、交換の話も進まないし、時間の無駄である。
また、アルバイトの店員に完璧を求めるのは酷すぎると思う。
900円や1000円そこらの時給で働いていて、完璧でプロフェッショナルな接客をしなければいけないのだろうか?
どんな条件で働いていても、自分の仕事を完璧にこなせ。
こういった他人を奴隷の様に扱う精神が日本人には強く根付いている様に思う。
アルバイトという時間の切り売りみたいな不安定な職に、全力を注がせるのは酷すぎるだろう。
もちろん、衛生面などの基本的な事項は完璧にこなして欲しいところだが、接客などはほどほどでいいのではないか。
海外旅行に行って「スーパーの店員がありがとうございましたすら言わなかった! 最低! 日本の方が100倍良い!」という人がいるが、僕としてはたかがアルバイトで全力を出させてしまう日本社会のプレッシャーの方がヤバイと思う。
好きでもない仕事ならなおさらだ。
まあもちろん、日本社会でそんな適当な事をしたら叩かれるのは明白だ。
たかがバイトに一流ホテルと同じレベルの接客意識が求めらる社会はそうそう簡単には変わらないだろう。
「俺もやってるんだからお前もちゃんとやれ!」という理屈でストレスのぶつけ合いが起こる事にも頷ける。
このストレス社会からの脱却を図るためには、環境や立場によって他人に強く当たってしまう弱い人たちに変わってもらうしかなさそうだ。
自分のストレスを他人で発散するのは、ダメ、ゼッタイ。